最高裁判所第一小法廷 平成4年(オ)2188号 判決 1995年1月19日
上告人
有限会社レジャーセンター吉野
右代表者代表取締役
吉野三平
右訴訟代理人弁護士
古海輝雄
大原圭次郎
上田英友
被上告人
浪川春男
右訴訟代理人弁護士
倉増三雄
藤尾順司
主文
原判決を破棄する。
本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人古海輝雄の上告理由について
甲が、その所有する一棟の建物のうち構造上区分され独立して住居等の用途に供することができる建物部分のみについて、乙に対し賃借権を設定したにもかかわらず、甲乙間の合意に基づき右一棟の建物全部について乙を賃借権者とする賃借権設定の登記がされている場合において、甲が乙に対して右登記の抹消登記手続を請求したときは、右請求は右建物部分を除く残余の部分に関する限度において認容されるべきものである。けだし、右登記は右建物部分に関する限り有効であるから、甲は、右登記全部の抹消登記手続を請求することは許されないが、右一棟の建物を右建物部分と残余の部分とに区分する登記を経た上、残余の部分のみについて乙の賃借権設定登記の抹消登記手続をすることができるからである。
これを本件についてみると、第一審判決別紙物件目録一記載の建物(鉄筋コンクリート造り五階建て。以下「本件建物」という。)については平成二年一一月二〇日受付で被上告人を賃借権者とする賃借権設定登記(以下、これを「本件登記」という。)がされているところ、本件訴訟は、上告人が被上告人に対し、本件建物の所有権を主張し本件登記は実体に反する無効なものであるとしてその抹消登記手続を請求するものである。そして、原審の確定した事実によれば、上告人は同月末日訴外第一実業株式会社から本件建物を譲り受けたが、これより前に、右訴外会社と被上告人の間で本件建物のうち二階部分を除く建物部分について賃貸借契約が締結され、右訴外会社と被上告人との合意に基づき本件登記がされたというのであり、また、当事者双方の主張及び原審の認定事実に照らすと、本件建物の二階部分には構造上及び利用上の独立性のあることが十分にうかがわれる。そうだとすれば、上告人の本件請求は、本件建物のうち二階部分について本件登記の抹消登記手続を求める限度において、これを認容する余地があるというべきこととなる。
原審は、本件登記は本件建物の二階部分に関する限り実体に符合しないが、上告人が右二階部分について区分の登記をした上で右部分につき賃貸借設定登記の抹消登記手続を請求することができるのは格別、本件登記の抹消登記手続を請求することはできないとして、上告人の本件請求を全部棄却すべきものと判断したが、前記説示に照らせば、右判断には法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽の違法があるものというべきであって、右の違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、本件建物の二階部分に構造上及び利用上の独立性があるかどうか及び右部分の特定などにつき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官三好達 裁判官高橋久子)
上告代理人古海輝雄の上告理由
一 原判決は、本件賃借権設定登記が本件建物二階部分に関する限り実体関係に符合しない登記といわざるを得ないとしながら、①被上告人が本件第二和解に基づき平成二年一〇月末日本件建物について取得した賃借権は、本件建物それ自体を対象としたもので、二階部分を除外するようなものではなく、②しかも、当時本件建物の所有者であった訴外第一実業株式会社は、本件建物二階部分を区分して賃借権設定登記をすることなく、あえて本件建物全部につき上告人を賃借権者とする賃借権設定登記手続を執ったもので本件賃借権設定登記は、本件建物の所有者である訴外会社の意思に基づいてされたものであり、③甲第五号証のとおりの賃貸借契約書を交わした主目的は、賃料、その支払法、使用目的、賃借権の譲渡転貸条項等々の細目を取り決めるところにあり、その契約書が、目的物件を表示するのに、添付目録において二階部分を除くものとしたのは、同部分が二重貸しとなるのを避ける形を採ったことによるものであるから、本件賃借権設定登記が実体に符合しないものとしてこれを全部無効とすべきいわれはないと解するのが相当であると判示している。
しかしながら、本件建物二階部分は当初から上告人が占有していて、被上告人及び訴外第一実業株式会社もそのことを認識のうえ、これを許容していたのであって、右二階部分を上告人以外の者に賃貸すれば当然紛争になることは十分予想し得るのであるから、右訴外会社が右二階部分を敢えて被上告人に賃貸することは考えられず、原判決が指摘する第二和解の目的物が本件建物全部となっているのも、右和解の主目的が本件建物の売買をすることにあり、売買であるならば、その目的物が建物全部となるため、それにひきずられて、本来なら売買と賃貸借とでその目的物を書き分けねばならないところを、不用意に建物全部となっているだけで、当事者の意思としては賃貸借の目的物から二階部分を除外することは自明のことであったのであり、従って、その当然の帰結として、甲第五号証では正しい目的物件の表示がなされているだけであるのに、原判決は、何の証拠調べもせずに、単に第二和解の文言内容のみから独断的に前記①②の事実を認定しているが、第二和解の文言と甲第五号証の二つの書証が相反する内容となっているのであるから、少なくとも、この点に関する証拠調べか或いは求釈明くらいしてもよさそうなものであるのに、本件は法的評価だけが問題となっている事案であると言いながら、突如として右①②の事実を認定するのは明らかに不意打ちであり、審理不尽ひいては事実誤認の疑いがあるのは明らかである。
また、原判決が認定した右③の事実も、訴外会社の意思によるものとしているが、それは賃貸借の目的物を本件建物全部として、その登記をする意思ではなく、賃貸借の目的物は二階部分を除外するものであるのに、建物の一部分の賃借権設定登記が法律上許されないため、違法を承知で敢えて全部の登記をなしたものであり、なるほど訴外会社の意思かもしれないが、それは違法行為であることを認識したうえでの脱法的な意思に過ぎないのである。
二 このように、建物の一部について、賃借権設定登記が許されないにもかかわらず、被上告人と訴外会社のなした本件登記を許容することは、脱法行為を容認することとなる反面、本件登記を無効としても、本件登記が建物についての賃借権設定登記であり、被上告人は既に引渡を受けていて既に対抗力は具備しているから、何ら不利益を受けることはないのに、上告人は無効な賃借権の登記がなされていることから、銀行からの借入が不可能となるほど現実的な損害を被っており、本件登記と実体関係の符合の程度も二階部分全部(面積262.00平方メートル)が含まれるか否かという重大で無視できないものであるから、本件登記は全部無効というべきであるのに、これを有効とした原判決は、法律行為の無効に関する法令解釈の誤り及び建物の一部についての賃借権設定登記の可否に関する法令解釈の誤りがあり、それが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。